鎌倉・横浜ゆかりの地をめぐる文学の海岸線
太宰治が入水を図った鎌倉の岬、『こころ』の物語が始まる浜辺、そして谷崎潤一郎が『痴人の愛』の日々を実際に過ごした横浜・山手の丘。東京から日帰りできる海岸線を、三つの小説でたどる。
鎌倉と横浜は、東京の南西に広がる同じ海岸線の上にあり、電車で少し移動すればつながっています。この二つの街には、まったく異なる三つの小説の実在の舞台が残っています。
このコースは、鎌倉の江ノ電沿線から、横浜・山手の旧外国人居留地まで、海岸沿いをたどります。東京からの長めの日帰り旅行としても、もう少しゆったりした一泊二日の旅としても楽しめます。
立ち寄り先1: 小動岬(鎌倉) — 『人間失格』の転機となった岬

太宰治『人間失格』の物語の転機となる場面で、主人公は鎌倉の海でバーの女給とともに入水自殺を図ります。これは太宰自身の完全な創作ではありません。1930年、21歳だった太宰は、この小さな岬で、19歳のバーの女給とともに実際に睡眠薬を大量に服用しました。相手の女性は亡くなり、太宰は生き残ります。
小動岬は今も残っています。七里ヶ浜と腰越海岸の間に突き出た静かな岬で、先端には神社があり、江の島を望むことができます。詳細は、『人間失格』ゆかりの地をめぐるガイドで紹介しています。
立ち寄り先2: 由比ヶ浜(鎌倉) — 『こころ』が始まる浜辺

同じ江ノ電沿線に少し乗れば着く由比ヶ浜は、夏目漱石『こころ』の冒頭、語り手が「先生」に初めて気づく場面の、最も広く受け入れられている実在地です。
鎌倉の寺社めぐりとあわせて訪れるのに、ちょうどよい立ち寄り先です。詳細と、『こころ』のもう一つの舞台である東京側の場所については、『こころ』ゆかりの地をめぐるガイドで紹介しています。
立ち寄り先3: 横浜・山手 — 谷崎が『痴人の愛』を生きた丘

鎌倉から電車でおよそ30分ほどで、横浜に着きます。谷崎潤一郎の1924年の小説『痴人の愛』は、横浜・山手の旧外国人居留地にある西洋館で幕を閉じます。谷崎自身も1922年にこの街に移り住み、小説の中で登場人物たちに与えたのと同じ、社交ダンスや西洋風の服装を実際に取り入れていました。
「エリスマン邸」を中心とする、保存された西洋風住宅の一角は、無料で一般公開されています。詳細は、『痴人の愛』ゆかりの地をめぐるガイドで紹介しています。
全ルートをGoogleマップで見る旅の実用メモ
- 順番と所要時間: 小動岬と由比ヶ浜は、どちらも鎌倉市内の江ノ電沿線にあり、同じ路線を少し乗るだけで移動できます。横浜へはそこからさらに電車で移動し、鎌倉からおよそ30分です。三か所すべてを一日で回ることもできますし、鎌倉と横浜をそれぞれ半日ずつの旅に分けることもできます。
- 訪問に適した時期: 鎌倉は夏の週末に混み合います。平日やオフシーズンなら、二つの浜辺とも落ち着いて過ごせます。山手の庭園は春が特に心地よい季節です。
- 拠点にする街: 東京都心を拠点にすれば、三か所ともすべて日帰りで回れます。Suica・PASMOなど通常のICカードが、本ガイドで紹介したどの区間でも使えます。
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